中国における日本アニメの人気は、今や世界屈指の規模に達している。『SLAM DUNK』『鬼滅の刃』『ONE PIECE』といった定番作品は長年にわたり愛され続け、『俺だけレベルアップな件』『SAKAMOTO DAYS』といった最新のアクションアニメも注目を集めている。しかし、現在、中国の若者たちの間で「ガールズバンドアニメ」というジャンルが熱狂的な支持を得ていることをご存知だろうか。
『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』や『ガールズバンドクライ』など、音楽と青春をテーマにしたアニメ作品が、中国のSNSや動画配信サイトを中心に爆発的な盛り上がりを見せている。なぜ今、バンドを題材にした作品が中国の視聴者を魅了しているのか。その背景には、共感性の高い物語、楽曲の魅力、そしてネットミーム文化との相性といった、いくつかの要因が考えられる。
BanG Dream!新作『It's MyGO!!!!!』『Ave Mujica』が中国で大ヒットした理由
2023年半ばから放送された『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』は中国で爆発的な人気を博し、その熱狂は続編の『BanG Dream! Ave Mujica』へと受け継がれている。特に中国ファンの心を掴んだのは、ストーリーの意外性とキャラクターの魅力。例えば、『It's MyGO!!!!!』第7話で長崎そよが演奏後に激高しながら放った「なんで『春日影』やったの!」というセリフは、その予想外の展開からネットミーム化した。このシーンは日本のみならず、中国のアニメファンの間でも人気を博した。
実際、この名場面のネタは中国のSNSでも大量に拡散され、関連動画は数百万回の再生を記録している。中国の動画サイトBilibiliには、『It's MyGO!!!!!』のエピソードを数分でまとめたファン動画が投稿され、380万回以上再生されるほど。また、登場人物の心理描写がシリアスである点も支持を集めた。ライブ成功後にもかかわらずメンバーが脱退するという、従来の音楽アニメの常識を覆すストーリー展開は視聴者に新鮮な衝撃を与え、キャラクター同士の確執や成長に強い感情移入を生んだ。
『Ave Mujica』でもこの人気は続いており、例えば中国で行われた人気キャラクター投票では、女性キャラクターランキングの上位が『It's MyGO!!!!!』および『Ave Mujica』のキャラクターで占められる現象も見られた。中でも豊川祥子(Sakiko)や若葉睦(Mutsumi)といったキャラクターは中国ファンから熱狂的に支持されており、各種人気投票でトップクラスに名を連ねている。
キャラクターのセリフ回しや個性的な性格がファンアートや二次創作の題材として盛り上がり、微博(Weibo)やBilibiliには膨大な量のイラストやMAD動画が投稿されている。さらに、中国では公式グッズ展開も活発で、現地限定のコラボ企画(例:ローソン中国とのタイアップグッズ)やポップアップストアが登場するなど、マーケティング面でもファンの購買意欲を刺激している。総じて、中国で『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』や『Ave Mujica』が支持される理由は、物語の斬新さ(意表を突く展開)とキャラクターの魅力、そしてそれらをSNSミームとして楽しむ中国のファンコミュニティの盛り上がりによるものだと言える。
『ガールズバンドクライ』が2024年に中国で巻き起こした熱狂
2024年春に東映アニメーションから放送されたオリジナルアニメ『ガールズバンドクライ』(Girls Band Cry)も、中国で爆発的な人気を博した作品の一つ。全13話のこのシリーズは、高校を中退して上京した主人公・井芹仁菜(いせりにな)が、それぞれ挫折を抱えた少女たちとガールズバンド「トゲナシトゲアリ」を結成する物語。異なる傷を負った5人の少女が音楽によって居場所を見出していくストーリーは中国の若者の心に深く刺さり、作品に対する評価は極めて高くなっている。中国の大手レビューサイト豆瓣(Douban)では、本作は10点満点中8.7点を獲得し、13,000人以上が評価に参加している。これは2024年放送アニメの中でもトップクラスの評価であり、音楽面・キャラクター面の充実ぶりが称賛された結果といえる。
音楽面では、劇中バンドが演奏する楽曲群が中国の音楽プラットフォームで旋風を巻き起こした。主題歌や挿入歌はNetEaseやQQ音楽といった中国の配信サイトで週あたり800万回以上の再生を記録し、主要音楽チャートの上位を独占した。
作中バンド「トゲナシトゲアリ」の激しいロックサウンドは、中国のロックファン層にもアピールし、各種ランキングで常連となっている。またキャラクター面でも、メインキャラクター5人(仁菜・桃香・すばる・智・ルパ)の抱える葛藤や人間関係のドラマが「現実的で心を打つ」と評判になった。メンバー同士のぶつかり合いや和解のシーンは視聴者の感情を揺さぶり、「2024年最高のアニメの一つ」との声も中国ファンから上がったほど。微博上にはキャラクターのコスプレ写真やファンアートが溢れ、本作の専門展示イベントまで開催される人気ぶり。
この人気を受けて、二次元から三次元への展開も活発になっている。劇中バンド「トゲナシトゲアリ」をモデルにしたリアルバンドは日本国内でライブ活動を行い、2ndライブでは1,500人規模の会場に対し3万人以上のチケット応募が殺到した。さらに同バンドは中国・上海での海外公演も実現し、2024年12月に単独ライブを開催して現地ファンを熱狂させた。このように『ガールズバンドクライ』は音楽・キャラクター双方で高い評価を受け、中国のアニメファンコミュニティに大きな爪痕を残した。
なぜバンドアニメが中国で人気なのか? その文化的・感情的背景
バンドを題材としたアニメがこれほど中国で支持される背景には、いくつかの文化的・感情的要因が考えられる。まず、言語的・音楽的な親和性の高さが挙げられる。例えば、『It's MyGO!!!!!』における「迷星叫」「壱雫空」「春日影」といった漢字だけで構成された曲名。「春日影(春の日の光)」のような単語は中国語話者にも意味が伝わりやすく、楽曲名から興味を引かれるケースがあったと考えられる。
もちろん、音楽そのものの魅力も大きい。日本のガールズバンド音楽はJ-POP/J-ROCKとして中国でも馴染みがあり、質の高い楽曲やボーカルパフォーマンスは言語の壁を超えて評価されている。バンドアニメの劇中歌が配信サイトで高順位を獲得する現象は、音楽面での訴求力がそのまま人気に繋がっている証左と言えるだろう。
次に、物語の普遍的な共感を呼ぶテーマが挙げられる。バンドアニメには「仲間と共に夢に向かって努力する」「挫折と再起を経験する」といった青春物語の王道が多く描かれるが、中国の若者たちもまた受験や就職といった現実の中で同様の葛藤を抱えている。そうした中で、音楽を媒介に絆を深めるキャラクターたちの姿は感情移入しやすく、励ましを与える存在となっているの。『ガールズバンドクライ』で描かれたような過酷な現実(中退や家庭崩壊)からの再起は、中国ファンから「心を震わせる成長物語」と受け止められた。
そして決定的な要因として、SNS時代の熱量の拡散が挙げられる。中国のアニメファンコミュニティはBilibiliやWeiboを中心に非常に活発で、話題作が出ればミームやハッシュタグによって一気に盛り上がる土壌がある。バンドアニメは楽曲や名セリフといった拡散しやすい要素を持ち合わせており、ファン同士が動画クリップや画像ネタを共有し合う中で爆発的なトレンドを形成しやすいの。
「春日影」のシーンがその典型例で、驚きの展開がミーム化し、大量の二次創作が生まれるという流れが短期間で発生し、未視聴層にも「なんだか面白そうだ」と興味を引く循環ができあがった。ユーザー投票による人気ランキングも盛んで、前述のように『It's MyGO!!!!!』や『Ave Mujica』のキャラクターが人気投票で上位を独占すると、そのニュース自体がさらなる宣伝となり話題が話題を呼ぶ展開になっている。
他に中国で人気のバンド系アニメは?
『BanG Dream!』シリーズや『ガールズバンドクライ』以外にも、近年、中国ではバンドをテーマにしたアニメが大きな支持を得ている。代表的なのは『ぼっち・ざ・ろっく!』(2022年)。内向的な女子高生がバンド活動を通じて成長するコメディ作品である本作は、中国では「孤独摇滚!(孤独ロック)」のタイトルで親しまれ、豆瓣スコア9.0という驚異的な評価を記録している。
中国のアニメファンからは「近年まれに見る面白さ」「繰り返し視聴した」と絶賛され、一躍社会現象的なヒットとなった。コミカルな作風の中に等身大の青春と音楽への情熱が描かれており、笑いと感動のバランスが中国でも高く評価されたよう。また、遡れば、バンドアニメの草分け的存在である『けいおん!』(2009年)は、中国では「轻音少女(軽音少女)」の名で愛され続けている名作。こちらも豆瓣スコア9.1という高評価を維持しており、現在の若年層にも「バンドアニメといえば『けいおん!』」のような定番の地位を占めている。
さらにユニークな例としては、男性バンドを描いた『BECK』やBL要素を含む音楽アニメ『ギヴン』などもコアな人気がある。もっとも、中国において後者のような作品は上映や配信が制限される場合もあるため、ファン層は限定的。しかし、音楽と青春というテーマ自体は普遍性が高く、形態(ガールズバンドであれボーイズバンドであれ)を問わず、良質な作品であれば口コミで広がりやすい土壌がある。要するに、中国のアニメ市場では「バンドもの」は一種のジャンルとして定着しつつあり、作品ごとに異なる魅力でファンコミュニティを賑わせている状況だ。
日本から中国へ、そして中国から日本へ──“アニメの輸出入”時代を迎えて
今回取り上げた『BanG Dream!』シリーズや『ガールズバンドクライ』は、音楽・キャラクター・ストーリーテリングの三拍子が揃った傑作であり、中国でも熱狂的な支持を獲得した。しかし当然ながら、ヒットの可能性はバンドアニメに限らない。
中国という巨大市場で日本アニメが受け入れられるためには、単なる翻訳にとどまらず、「カルチャライズ」=文化的・感情的な背景に根ざした共感の設計が求められる。ローカライズに加えて、SNSを介したミーム戦略や、現地Z世代の感性を意識したビジュアル・音楽設計も今後の重要課題となるだろう。
また、bilibili(ビリビリ)のような現地プラットフォームの存在は、日本とは異なる“文脈の設計”にも直結する。ミーム化を想定した演出、切り抜きたくなる場面、二次創作を促すキャラクター造形など、ファンとともに盛り上がる構造がカギを握る。
リアルイベントの展開にも注目だ。『ガールズバンドクライ』は2024年末に上海でライブを開催し、2025年5月には北京でポップアップストアも実施するなど、リアルとネットを連動させたアプローチが可能であることを示した。現地ファンに向けた“接点”づくりは、今後さらに重視されるだろう。
そして、忘れてはならないのが逆方向の動きである。近年では『時光代理人 -LINK CLICK-』や『天官賜福』といった中国産アニメが日本で人気を博しており、「アニメの輸出入」が新たな段階に入った。中国発の良質な作品をいち早く見つけ、日本で紹介・展開していくことは、エンタメビジネスにとっても大きな可能性を秘めている。
アニメは今、国境を越えて共感をつなぐ時代へと突入した。だからこそ、「どんな作品が、どの国で、なぜ受けるのか?」を丁寧に分析しながら、創り、届け、受け止める姿勢が問われている。
(C)BanG Dream! Project
(C)東映アニメーション